海 風 通 信
16
人は半世紀も生きると、入院とか手術とかって当たり前の経験値なんでしょうか?
ワタクシは病院嫌いで(ちなみにオヤジは大事故で骨折入院経験あり、病院・薬好き)、
人様はもちろん肉親の見舞いさえ避けたい。
加えて、人に頼ったり甘えたりできない体質、忙しそうな看護師さんを呼べない、
したい事ができないもどかしさに耐えられない…色々向いてないでしょう・・・
それに、今までは、
嫌な事や辛い事があった時、「いい経験した」「今後のプラスにしよう」みたいに思って、
強引に気分を切り替える、っていうのがワタクシの人生の流し方のひとつであったのだが、
ここ数年、
「この歳になって、もう辛い経験なんて不要なんだよっ!」
「もうプラスにして向上させるほど人生長く残ってないしっ!」
というような投げやり気分になっていたものだが・・・
しかし、降ってわいたような“はじめての手術&入院”は、思った以上に得るものが多かった。
それに、歳老いてから病院嫌いで初体験するのでは大変だったかもしれない。
想定外に痛く、辛かった術後の3日間の個室生活は置いといて、
その後の経過が大変良好だったワタクシ。
辛い時期を過ぎると、さっそくリハビリの自主トレメニューをこなす自分の“サガ”が少し悲しかった。
(カール散歩で噂になったと同様、院内でウワサになってたかも)
コーヒールンバの音楽が流れ、ミル挽きでの制作過程がリアル画像で見れる
自主トレ以外にも、毎日数回お気に入りの自販機に向かう。
ちょっと遠いので歩行器に勝手にドリンクホルダー装着(オヤジの仕事)
単独歩行ができるようになっても、歩行器返却を先延ばしにした
******
何よりの教訓は「骨折するまい!」・・・・そこ?
“うっかり”の骨折がいかに恐ろしいか、整形外科病棟で身にしみた。
(他病棟であればもっと深刻な体験もあるだろう)
過去のワタクシの行動は、運動能力に多少の自信もあってか“乱暴・粗雑”だったのではないか。
自宅療養中で、すべての行動が思うようでなく、素早く動けない今“慎重”は重要だと強く思うよ。
とにかく、大部屋(6人)のほとんどが高齢での骨折。
ほとんどの人は娘や嫁やら家族が手助けできる境遇だったんだけど…
中学男子と自転車同士で衝突して救急車で搬送された65歳独身女性は大変そうだった。
日常の途中で、突然動けなくなるわけで・・・(骨折だけではないけども)
ワタクシは準備期間もあったので、オヤジに頼る事も少なく済んだ、洗濯だって自分でしたし。
(オヤジは意外にも毎日のように来たが、ほんと来ただけ)
が、高齢になって、動けない病で、独りだったら?・・・親戚付き合いなし、頼る友人もない。
・・・先に死にたいもんである。
骨折は損傷個所が落ち着いてから、やっと手術、つまり身動きとれない期間が長い。
(もちろん、もっと重篤な病気だったらなおさらなんだけど)
ワタクシは腰の骨折と同様の状態だけど、手術室まで歩いて行けたし、全く動けなかったのは手術当日くらい。
翌日には無理やり車イス&リハビリ開始、翌々日には歩行器(看護師付)、数日後には単独でトイレに行けるようになった。
今時の医療では、痛かろうがどんどん動く、というのが基本らしい。
そんなこんなで大部屋で快復早く、動けるのはワタクシだけだったので、頼まれ事も多かった。
買い物やら、空調やら(窓際ではなかったし、皆の体感温度が違うしで大変)、
まあリハビリにもなるし、構わないのだけど、一応ワタクシも患者だしなあ・・・
あまり関わらないように、カーテン閉めて読書とリハビリ等で過ごしてたんだけど。
最終的に洗濯を頼まれるに及んで(娘や嫁が来るのに、働いているから早く帰したい、との事だが?)
潮時だよな~とともに退院となったので良かった~~
そういえば、桂歌丸師匠も脊柱管狭窄症の手術をしたとか。
3度目とういう事は、前2回は失敗なのか、年齢のせいで仕方ないのか?
かなり気になるところですが、神経圧迫の理由や手術法も色々なので、よく解りません。
しかし、あの歳で2週間で退院、1ヶ月後に笑点録画、とはすごいなあ。
ワタクシの手術の場合、高齢になっての不具合について聞いたところ(もう2度と体験したくない!)
「ここ20年ほどの手術方なので、まだデータがない」と言われてしまったよ・・・
ワタクシは病院嫌いで(ちなみにオヤジは大事故で骨折入院経験あり、病院・薬好き)、
人様はもちろん肉親の見舞いさえ避けたい。
加えて、人に頼ったり甘えたりできない体質、忙しそうな看護師さんを呼べない、
したい事ができないもどかしさに耐えられない…色々向いてないでしょう・・・
それに、今までは、
嫌な事や辛い事があった時、「いい経験した」「今後のプラスにしよう」みたいに思って、
強引に気分を切り替える、っていうのがワタクシの人生の流し方のひとつであったのだが、
ここ数年、
「この歳になって、もう辛い経験なんて不要なんだよっ!」
「もうプラスにして向上させるほど人生長く残ってないしっ!」
というような投げやり気分になっていたものだが・・・
しかし、降ってわいたような“はじめての手術&入院”は、思った以上に得るものが多かった。
それに、歳老いてから病院嫌いで初体験するのでは大変だったかもしれない。
想定外に痛く、辛かった術後の3日間の個室生活は置いといて、
その後の経過が大変良好だったワタクシ。
辛い時期を過ぎると、さっそくリハビリの自主トレメニューをこなす自分の“サガ”が少し悲しかった。
(カール散歩で噂になったと同様、院内でウワサになってたかも)

自主トレ以外にも、毎日数回お気に入りの自販機に向かう。

単独歩行ができるようになっても、歩行器返却を先延ばしにした
******
何よりの教訓は「骨折するまい!」・・・・そこ?
“うっかり”の骨折がいかに恐ろしいか、整形外科病棟で身にしみた。
(他病棟であればもっと深刻な体験もあるだろう)
過去のワタクシの行動は、運動能力に多少の自信もあってか“乱暴・粗雑”だったのではないか。
自宅療養中で、すべての行動が思うようでなく、素早く動けない今“慎重”は重要だと強く思うよ。
とにかく、大部屋(6人)のほとんどが高齢での骨折。
ほとんどの人は娘や嫁やら家族が手助けできる境遇だったんだけど…
中学男子と自転車同士で衝突して救急車で搬送された65歳独身女性は大変そうだった。
日常の途中で、突然動けなくなるわけで・・・(骨折だけではないけども)
ワタクシは準備期間もあったので、オヤジに頼る事も少なく済んだ、洗濯だって自分でしたし。
(オヤジは意外にも毎日のように来たが、ほんと来ただけ)
が、高齢になって、動けない病で、独りだったら?・・・親戚付き合いなし、頼る友人もない。
・・・先に死にたいもんである。
骨折は損傷個所が落ち着いてから、やっと手術、つまり身動きとれない期間が長い。
(もちろん、もっと重篤な病気だったらなおさらなんだけど)
ワタクシは腰の骨折と同様の状態だけど、手術室まで歩いて行けたし、全く動けなかったのは手術当日くらい。
翌日には無理やり車イス&リハビリ開始、翌々日には歩行器(看護師付)、数日後には単独でトイレに行けるようになった。
今時の医療では、痛かろうがどんどん動く、というのが基本らしい。
そんなこんなで大部屋で快復早く、動けるのはワタクシだけだったので、頼まれ事も多かった。
買い物やら、空調やら(窓際ではなかったし、皆の体感温度が違うしで大変)、
まあリハビリにもなるし、構わないのだけど、一応ワタクシも患者だしなあ・・・
あまり関わらないように、カーテン閉めて読書とリハビリ等で過ごしてたんだけど。
最終的に洗濯を頼まれるに及んで(娘や嫁が来るのに、働いているから早く帰したい、との事だが?)
潮時だよな~とともに退院となったので良かった~~
そういえば、桂歌丸師匠も脊柱管狭窄症の手術をしたとか。
3度目とういう事は、前2回は失敗なのか、年齢のせいで仕方ないのか?
かなり気になるところですが、神経圧迫の理由や手術法も色々なので、よく解りません。
しかし、あの歳で2週間で退院、1ヶ月後に笑点録画、とはすごいなあ。
ワタクシの手術の場合、高齢になっての不具合について聞いたところ(もう2度と体験したくない!)
「ここ20年ほどの手術方なので、まだデータがない」と言われてしまったよ・・・
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